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ビールを飲まない夜も、もちろんある。
飲めないわけでも、嫌いになったわけでもない。ただ、その日はなぜか、ビールを選ばなかった。それだけのことなのに、その夜は少しだけ、いつもと違う輪郭を持つ。
飲まないと決めた、というより、飲む気にならなかった。そんな感覚に近い。
飲まない理由は、はっきりしない
疲れているから、というほどでもない。次の日が早いわけでもない。
冷蔵庫にビールがないわけでもなく、買いに行く時間がなかったわけでもない。ただ、今日はいいかな、と思った。それ以上の理由は、自分でも説明できない。
飲まない日には、こういう「説明できなさ」がついて回る。でも、その曖昧さが、意外と心地いい。
1日の終わりが、少し長くなる
ビールを飲む夜は、はっきりとした区切りがある。
グラスを手に取って、一口飲んだところで、今日が終わったと感じる。でも、飲まない夜には、その合図がない。
代わりに、1日の終わりが、ゆっくりと伸びていく。いつ終わったのか分からないまま、静かに夜に溶けていく。
それはそれで、悪くない。
代わりに飲むもの、飲まないもの
ビールを飲まない夜に、必ず何か別のものを飲むわけではない。
温かい飲み物を選ぶ日もあれば、水だけで済ませる日もある。何も飲まずに、そのまま過ごすこともある。
大事なのは、何を代わりに飲んだかではなく、「今日はビールじゃなかった」という事実だけだ。
好きだから、距離を取れる
ビールを飲まない夜があることで、ビールとの関係が続いている気がする。
毎日欠かさず、という形だったら、少し違っていたかもしれない。飲まない日があるから、飲む日の一杯が、自然なものとして戻ってくる。
好きなものと、少し距離を取れること。それは、嫌いにならないための距離でもある。
何も足さない夜
飲まない夜は、何かを足すより、引いていく夜になる。
音を小さくしたり、照明を落としたり、考えごとを途中でやめたり。ビールがない分、ほかのものも、少しずつ減っていく。
そうして残った時間は、意外と静かで、軽い。
また飲みたくなる日のために
ビールを飲まない夜があるから、また飲みたくなる夜が来る。
その間に、何かが大きく変わるわけではない。でも、同じ一杯でも、感じ方は少し違ってくる。
飲まない日は、ビールのための準備期間のようなものなのかもしれない。
飲まない夜も、1日の終わり
ビールがあっても、なくても、1日はちゃんと終わる。
飲まない夜は、そのことを静かに教えてくれる。区切りがなくても、何かを足さなくても、今日という日はここで終わっていい。
だから、飲まない夜も大事にしたいと思っている。理由はないけれど、それもまた、私にとってちょうどいい夜だから。

