海を見に行くだけの時間

何気ない毎日が好き

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海を見に行くのが好きだ。

泳ぐわけでも、何かをするわけでもない。ただ、海を見るためだけに出かける。そういう時間が、時々必要になる。

理由を聞かれると、少し困る。癒されるから、と言ってしまえば簡単だけれど、それだけでは足りない気がする。

目的は、海を見ることだけ

海に行く日は、予定を詰めない。

どこかに寄るついででもなく、用事の延長でもない。海を見る、それだけを目的に出かける。何時に着くかも、どれくらいいるかも、あらかじめ決めていない。

ただ、行ってみて、見て、帰る。それだけで十分だと思っている。

近づくほど、何も考えなくなる

海に近づくにつれて、頭の中が静かになっていく。

車の音や、人の声が遠くなって、代わりに風の音や波の音が入ってくる。その切り替わりが、いつも少し不思議だ。

何かを考えようとしても、うまく続かない。考えごとが、途中でほどけてしまう感じがする。

同じ景色なのに、毎回違う

海は、だいたいいつも同じ場所にある。

それなのに、行くたびに印象が違う。空の色、波の高さ、風の強さ。少しの違いで、まったく別の景色になる。

自分の気分も、そのまま映っているような気がして、今日はこういう日だったんだな、とあとから分かることもある。

何もしない時間が、許される場所

海の前にいると、「何もしなくていい」という感じが強くなる。

スマートフォンを見なくてもいいし、考えをまとめなくてもいい。誰かと話さなくても、不自然じゃない。

ただ立っているだけ、座っているだけの時間が、自然に受け入れられる場所は、意外と少ない。

長くいなくてもいい

海に着いてから、長居をするとは限らない。

数分で帰ることもあるし、少し歩いてから帰ることもある。その日の気分で決める。

大事なのは、どれくらいいたかではなく、「行った」という事実だけだと思っている。

帰り道は、少し軽い

海を見たあとの帰り道は、気分が少し軽い。

何かが解決したわけでも、答えが出たわけでもない。それでも、肩の力が抜けているのが分かる。

海は、何もしてくれないけれど、何も奪わない。その距離感が、ちょうどいい。

理由はないけど、行きたくなる

どうして海を見に行きたくなるのか、はっきりとは分からない。

疲れているからかもしれないし、何も考えたくないからかもしれない。でも、理由を突き止める必要はない気がしている。

理由はないけれど、海を見に行きたくなる。その感覚があること自体が、今の自分には大事なのだと思う。

また、見に行くだけ

次にいつ行くかは、決めていない。

ふと思い出したとき、時間が空いたとき、なんとなく行きたくなったとき。そのくらいの軽さでいい。

海を見に行くのが好きだ。何かを得るためではなく、ただ、見に行くだけの時間として。

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