今年も江の島で日の出を待った

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新年が始まると、江の島へ行く。

ここ5〜6年、1月2日に初日の出を見に行くのが、私の中で静かな習慣になっている。誰かと約束しているわけでもなく、特別な行事にしているわけでもない。ただ、一人で出かける。

続いていることに、理由はいらない

なぜ1月2日なのかと聞かれると、うまく答えられない。

元日を避けているわけでも、混雑が苦手だからでもない。ただ、そうしてきた、というだけだ。

気づけば数年続いていて、今年も自然に足が向いた。

今年の空は、雲が多かった

今年の朝は、雲が多かった。

空全体が白く、水平線のあたりもはっきりしない。このままでは、日の出は見えないかもしれない。そんな気配があった。

それでも、しばらくその場に立って待つ。見えるかどうかより、待つ時間のほうが大事な気がしていた。

一人で待つ時間

初日の出を見に来ている人は、他にもいる。

でも、一人で立っていると、不思議と周囲の存在は薄くなる。話す必要も、気を遣う必要もない。ただ、空と海のほうを見る。

この時間だけは、新年であることも、日常であることも、同じ重さでそこにある。

少しずつ、明るくなる

急に光が差すわけではない。

雲の向こうで、確実に何かが進んでいる。色が変わり、明るさが増していく。その変化を、静かに受け取る。

待つ時間があるから、見えたときの光は、ちゃんと残る。

今年も、見えた

しっかりと、日の出が見えた。

雲の切れ間から、光が現れる。思っていたよりも、ずっと静かな登場だった。

拍手も、歓声もいらない。ただ、見えた。それだけで十分だった。

特別な意味を持たせない

この光に、願いを込めるわけではない。

今年が良い年になりますように、と強く思うこともしない。見えたことを、ただ事実として受け取る。

続いてきた一年の先に、また続く一年がある。それでいい。

一人で来る理由

この時間は、一人でいるのがちょうどいい。

誰かと分かち合うより、自分の中に静かに置いておきたい。あとから言葉にするかどうかも、決めなくていい。

一人で来て、一人で帰る。その流れが、私には合っている。

また、日常へ戻る

日の出を見終えたあとは、そのまま帰る。

長く留まることはしない。特別な一日が始まる、という感じでもない。いつもと同じように、日常へ戻っていく。

でも、その戻り方が、少しだけやわらかい。

今年の始まりとして

今年も、江の島で日の出を見た。

それだけのことだけれど、それで十分だと思っている。始まりを大きく構えなくても、続いていることから始めればいい。

今年もまた、いつものように歩いていく。その最初の朝として、この時間を選んだ。

新年は、こうして静かに始まった。

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