※本記事にはプロモーションが含まれています。
今年最後の朝も、いつもと同じように始まる。
特別なことはしない。早起きをするわけでも、何かを考え込むわけでもない。ただ、いつもの時間に家を出る。
いつもと同じ動作
玄関を出て、鍵を閉める。
何度も繰り返してきた動作だ。意識しなくても、体が覚えている。今年最後だからといって、少しも変わらない。
そのまま、エレベーターへ向かう通路を歩く。
冬の朝だけに現れる光
冬の朝、この通路には光が差し込む。
棟と棟の間から、ちょうど朝陽が入り込む時間帯がある。角度も、強さも、この季節だけのものだ。
眩しいくらい明るくて、まるでスポットライトのように、通路の一部を照らす。
立ち止まらなくても、目に入る
わざわざ立ち止まらなくても、その光は目に入る。
見ようとして見るというより、歩いている途中で、自然に視界に飛び込んでくる。いつもの道なのに、少しだけ違って見える瞬間。
それでも、歩みは止めない。
今年最後でも、特別じゃない
今日は今年最後の日だ。
でも、その事実を強く意識することはない。朝陽は、今日が何日かなんて関係なく、同じようにそこにある。
一年の終わりに、何かを感じ取らなければいけないわけでもない。
照らされるのは、今ここだけ
スポットライトのような光は、通路の一部分だけを照らしている。
前後すべてが明るくなるわけではない。今、通っている場所だけが、少しだけ際立つ。
それが、この一年の感じに、よく似ていると思った。
振り返らなくていい
この光の中で、今年を振り返ることはしない。
できたことや、できなかったことを並べる必要はない。良かったことも、そうでなかったことも、もう少し後ろに置いておけばいい。
今は、歩いているだけで十分だ。
来年のことも、考えない
この朝に、来年のことを考えることもしない。
目標や抱負は、ここでは必要ない。今日という一日を、いつも通り始められれば、それでいい。
続いていくことは、もう分かっている。
光は、毎年そこにあった
思い返せば、この光は、毎年そこにあった。
同じ通路、同じ時間帯、同じ冬の朝。気づいた年もあれば、気づかずに通り過ぎた年もある。
それでも、光は変わらず差し込んでいた。
一年は、静かに次へ渡る
歩いているうちに、光の中を抜ける。
振り返らず、そのまま先へ進む。気づけば、もう通り過ぎている。
一年も、きっと同じように終わっていくのだと思う。
いつもと同じ朝で
いつもと同じ朝で、今年が終わる。
それは、何も起きなかったということではない。ちゃんと歩いてきて、ちゃんと今日にたどり着いたということだ。
スポットライトのような朝陽を一度くぐって、また歩き出す。
今年も、こうして続いていく。特別に閉じることなく、静かに次の朝へ向かいながら。

