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鍵を閉めて、外に出る。
一歩踏み出した瞬間、視界に入ってくるものがある。毎朝同じはずなのに、その日の最初に目に入る景色は、なぜか少しずつ違う。
意識して選んでいるわけじゃない
最初に何を見るかを、決めているわけではない。
空かもしれないし、道かもしれない。向かいの家の影や、植え込みの緑かもしれない。ただ、自然と視線が止まる場所がある。
そこに、その日の自分の状態が、静かに表れている気がする。
朝の光は、評価をしない
朝の光は、やさしい。
良い一日になりそうか、今日は忙しいか。そんなことを判断しないまま、ただ、そこにあるものを照らしている。
光の中に立つと、気持ちも一度、まっさらになる。
昨日は、もう背中側にある
鍵を閉めた音と一緒に、昨日は家の中に置いてきた。
海や緑の感覚も、静かな夜も、ここには持ち出していない。でも、なくなったわけではない。
最初に目に入る景色は、それを引きずらずに、今日へ連れて行ってくれる。
足元を見る朝もある
遠くを見る気分じゃない朝もある。
そんなときは、足元が最初に目に入る。舗装された道の模様や、少し欠けた縁石。
遠くを見なくても、一歩目は踏み出せる。その事実が、少し心を軽くする。

何も変わらない景色の力
特別な景色ではない。
観光地でもなく、写真を撮りたくなるほどでもない。ただ、毎日そこにある景色。
それが最初に目に入ることで、今日も普通に始めていい、と許されている気がする。
人の世界へ、ゆっくり入る
この時点では、まだ人の声は少ない。
視線も、役割も、完全には戻っていない。ただ、外の世界に立っているだけ。
最初に目に入るものが、現実への入口になる。
一日の色は、ここで決まらない
最初に目に入ったものが、その一日を決めるわけではない。
でも、始まり方としては、これで十分だと思っている。派手でなくていい。印象的でなくてもいい。
今日という一日を、静かに受け取る準備ができる。
また、同じ場所から
明日も、きっと同じ場所に立つ。
同じように鍵を閉め、同じように外に出る。そのとき、何が最初に目に入るかは、分からない。
でも、それでいい。毎朝の一歩目は、いつもここから始まる。

