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理由はないけど、好きなものがある。
説明しようとすると、少し違ってしまう気がして、いつも言葉を探すのをやめてしまう。味だったり、飲み物だったり、場所だったり。特別な出来事があったわけでもなく、誰かに勧められたわけでもない。ただ、気づくと手に取っている。気づくと、またそこに行っている。
「どうして好きなの?」と聞かれると、うまく答えられないことが多い。おいしいから、とか、落ち着くから、とか、たぶん間違ってはいない。でも、それだけでは足りない気がする。理由をきれいに並べてしまうと、その好きは、どこか別のものになってしまう。
選んでいるようで、選ばされているもの
日々の中で、私たちはたくさんのものを選んでいる。飲み物、行き先、過ごし方。でもその中には、「選んだ」というより、「自然とそうなった」ものも多い。
なぜか夜になると飲みたくなるもの。なぜか一人になりたいときに思い浮かぶ場所。理由を考える前に、体のほうが先に動いているような感覚。そういうものに出会うたび、少しだけ安心する。
ちゃんと考えて選んだものより、あとから振り返って「これ、好きだったんだな」と気づくもののほうが、長く残っている気がする。
好きの基準が変わってきた
昔は、分かりやすいものが好きだった。甘いもの、にぎやかな場所、はっきりした評価。好きな理由も、すぐ言葉にできた。
今は少し違う。苦みがあるものや、静かな場所、誰にも気づかれないような時間。最初から「好き」と思ったわけじゃないのに、いつの間にか手放せなくなっている。
年齢のせいなのか、環境のせいなのか、それともただの変化なのかは分からない。ただ、好きの形が、少しずつ変わってきたことだけは確かだ。
説明しないまま、置いておきたい
このブログでは、そんな「理由はないけど、好き」を書いていきたいと思っている。
役に立つ情報や、誰かの正解にはならないかもしれない。でも、自分の中に残っている感覚を、そのまま置いておく場所があってもいいと思った。
味の話を書くかもしれないし、場所の話を書くかもしれない。夜のことや、何も起きなかった日のことを書くこともあると思う。順番も、決まりもない。
読んでくれる人へ
もし、ここに書いてあることの中に、「分かる気がする」と感じるものがあったら、それだけで十分です。全部に共感しなくてもいいし、途中で読むのをやめてもいい。
理由はないけど、なんとなく気になる。そんな距離感で、たまに覗いてもらえたらうれしいです。
これは、私の好きの記録であり、同じような感覚を持つ誰かのための、静かな置き場所です。
