翌朝、まだ少し残っている感覚

何気ない毎日が好き

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翌朝、目が覚めたとき、少しだけ違う空気を感じる。

はっきりとした変化ではない。いつもと同じ朝で、同じ部屋で、同じように一日が始まろうとしている。それでも、何かが静かに残っている。

完全には切り替わっていない朝

昨日のことを、すぐには思い出さない。

海や緑の景色が鮮明に浮かぶわけでもないし、特別な余韻に包まれている感じでもない。ただ、目を閉じていた名残のような静けさが、体の奥に残っている。

この朝は、完全に切り替わっていない。それが、少し心地いい。

音が少ないままの時間

起きてすぐ、音を増やさないようにしている。

テレビはつけず、ラジオも流さない。カーテンを開けて、外の明るさだけを取り込む。

昨日までに整えた感覚が、音に邪魔されずに、ゆっくりとほどけていく。

急がない動き

動きが、少しだけ遅い。

急いで支度をする必要があっても、心の中までは急がせない。コップを持つ手や、歩く速さが、昨日よりわずかにゆっくりだ。

その遅さが、まだ残っている感覚を守ってくれる。

昨日の余白が、今日に重なる

昨日は、何かを詰め込まなかった。

その余白が、今日にも少しはみ出している。予定や役割が始まる前に、空白の時間が一枚、挟まっている感じ。

すべてを思い出さなくても、体は覚えている。

考えは、後からついてくる

起きた直後は、考えが少ない。

何をしなければならないか、どんな一日になるか。そういうことは、後からでいい。

まずは、呼吸と、光と、静けさ。それだけで朝は成立している。

戻ってしまった、ではない

昨日の場所に、今もいるわけではない。

ちゃんと戻ってきている。でも、「戻ってしまった」という感覚はない。整えたものを、まだ手放していない状態。

その中間にいる感じが、この朝にはある。

一日を、全部使わなくていい

今日は今日で、やることはある。

それでも、一日の最初から、すべてを使い切らなくていい。力も、気持ちも、少し余らせたまま始めてもいい。

昨日の静けさが、それを許してくれている。

残っているから、進める

何も残っていなかったら、切り替えは早いかもしれない。

でも、少し残っているからこそ、進み方がやわらかくなる。急がず、ぶつからず、滑らかに一日に入っていける。

この感覚は、意図して作れるものではない。

やがて、薄れていく

時間が経てば、この感覚は薄れていく。

仕事や用事に追われているうちに、昨日の静けさは背景に回る。それでいいと思っている。

残り続けなくても、確かにあったことが大事だ。

また、残る朝のために

翌朝に少し残っている感覚は、偶然のようでいて、ちゃんと理由がある。

人のいない場所に行き、何もしない時間を過ごし、無理に切り替えずに夜を終えた結果だ。

この朝があるから、また出かけられる。また戻れる。そして、また少し残すことができる。

翌朝、まだ少し残っている感覚。それは、私が自分を雑に扱わずに過ごせた証のようなものだと思っている。

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