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私にとって、1日の終わりは、いつもビールを飲みたくなる時間だ。
仕事が終わったからとか、頑張ったからという理由だけではない。何かを祝っているわけでも、特別な気分というわけでもない。ただ、気づくとその時間帯に、ビールのことを考えている。
炭酸の強さや苦みの話をしたいわけではない。どの銘柄が好きか、という話でもない。ただ、その時間にビールを選ぶ、ということ自体が、私の中でひとつの区切りになっている。
何かを始めるためじゃなく、終わらせるため
昼間は、次にやることを考えている時間が多い。仕事の続き、家のこと、連絡しなければいけない用事。頭の中は、まだ先のことで埋まっている。
ビールを飲みたくなるのは、それらが一段落したあとだ。もう新しいことは始めなくていい、と思える時間。今日はここまで、と自分に言ってもいい合図のようなもの。
ビールは、気分を上げるためというより、静かに切り替えるための飲み物なのかもしれない。
昔は、毎日じゃなかった
今のように、1日の終わりにビールを思い浮かべるようになったのは、いつからだっただろう。
若い頃は、もっと特別なものだった気がする。誰かと一緒に飲むものだったり、外で飲むものだったり。家で飲むビールは、どこか簡易的で、つなぎのような存在だった。
それがいつの間にか、家で静かに飲む時間のほうが、しっくりくるようになった。にぎやかさより、落ち着きのほうを選ぶようになったのかもしれない。
味より先に、時間を思い出す
ビールを飲むとき、最初に思い浮かぶのは味ではない。
窓の外が暗くなっていることや、部屋の明かりの感じ、テレビの音量。そうした周りの空気と一緒に、ビールの時間がやってくる。
その日の出来事を、全部振り返るわけでもない。ただ、もう無理に何かを考えなくていい、という感覚がある。それが、私にとっての「1日の終わり」なのだと思う。
好きと言い切らなくてもいい存在
ビールが一番好きな飲み物かと聞かれると、少し迷う。
気分によっては、他のものを選ぶ日もあるし、飲まない日もある。それでも、1日の終わりに何を飲みたいかと考えたとき、真っ先に浮かぶのは、やっぱりビールだ。
一番じゃなくても、特別じゃなくても、そこにあると安心する。そういう存在が、生活の中にはいくつかあって、ビールはそのひとつになっている。
今日も、区切りとしての一杯
今日が良い日だったかどうかは、ビールを飲みながら考えることはあまりない。
ただ、ここまで来た、という区切りだけがある。うまくいった日も、そうでなかった日も、同じように1日は終わる。その終わり方として、ビールがあるのは、私にとって自然なことだ。
理由はないけれど、1日の終わりには、ビールを飲みたくなる。その感覚を、これからもたぶん、変わらず大事にしていくのだと思う。

